こんにちは、竹内です。今日は、私がなぜ「精神科医」という道を選んだのか、その原点にある高校時代の記憶をお話しさせてください。
中学生までの私は、勉強も部活動の剣道も生徒会活動も熱心にこなす、いわゆる「優等生」でした。
実家は長野県の標高1,400メートルの山の中にあり、冬になると東京や大阪から多くのスキー客が訪れるスキーホテルを営んでいました。小学校へはバスで片道1時間かけて通うような環境でしたが、私にとって「勉強」は世界や社会とつながる唯一の扉であり、好奇心に満ちあふれていました。
次女だった私は、ホテル経営に関心の薄そうな姉を見て、「いつか私がここを継ぐのだろう」とぼんやり将来を思い描いていました。
そんな私がなぜ医学の、それも精神科の道を志すことになったのでしょうか。
人生で初めてぶつかった「心の壁」
きっかけは、高校進学後に訪れた「人生最初の挫折」にありました。
期待を胸に進学した地元の進学校。しかし、思い描いていた「文武両道の輝かしい青春」と現実とのギャップに、私は次第に圧倒されていきました。
心はすくみ、いつしか抑うつ的な状態に陥ってしまったのです。中学時代は常にトップを維持していた成績も、気づけば3桁の順位にまで急降下していました。
毎日、生きている実感が湧かない。まるで世界が膜の向こう側にあるような、ぼんやりとした日々(今思えば、あれは「離人症状」でした)。
母親に「高校を辞めたい」と何度も訴えましたが「何をバカなことを言っているの」とあしらわれるだけでした。つらい現実が受け止められず、ただただ逃げたかったのだと思います。同時に、そのつらい気持ちを母親に理解してもらえず、また想像しようともしてもらえない感覚で、悲しく孤独だったのを覚えています。
そんな灰色の日々に光が差したのは、高校1年の夏のこと。我が家の通過儀礼でもあった、オーストラリアへのホームステイでした。
そこで出会ったのは、とても大らかなオージー達の暮らし。そして、多様なルーツを持つ人々が当たり前に共生する多民族国家のエネルギーでした。たとえ英語が片言でも、心を開いて相手に一生懸命伝えようとすれば伝わるし、分かり合える。笑顔とハグは万国共通でした。 たった2週間という短い時間でしたが、彼らと触れ合ううちに「世界は広い。自分がいま悩んでいることは、なんて小さいことなんだろう」と、自分を俯瞰して見られるようになったのです。視界が開け、未来に光が差した出来事でした。
心の不調が教えてくれたこと
この経験は、私に大きな気づきを与えました。順風満帆だった人間でも、ひとたび心の不調に陥るだけで、これほどまでに集中力もパフォーマンスも、生きる意欲さえも奪われてしまう。毎日が灰色に染まってしまう。
「人間にとって、こころの影響はこれほどまでに大きいんだ」
そのことを身に染みて感じていたある日、私は高校の図書館で、運命の1冊に出会います。精神科医・神谷美惠子さんが、ハンセン病療養所「長島愛生園」での日々を背景に綴った名著『生きがいについて』でした。
ページをめくった瞬間、私の目を釘付けにした1行があります。
「平穏無事なくらしにめぐまれている者にとっては思い浮かべることさえむつかしいかもしれないが、世のなかには、毎朝目がさめるとその目ざめるということがおそろしくてたまらないひとがあちこちにいる」
(神谷美惠子『生きがいについて』みすず書房)
中学までの優等生だった私は、そのような絶望がこの世に存在することすら知りませんでした。しかし、高校入学後に心に深いモヤを抱えた当時の私にとって、その一文は「人間の心の闇、精神の深淵」を表す言葉として迫ってきたのです。続けて読み進めると、こうありました。
「いったい私たちの毎日の生活を生きるかいあるように感じさせているものは何であろうか。ひとたび生きがいをうしなったら、どんなふうにしてまた新しい生きがいをみいだすのだろうか。同じ条件のなかにいてもあるひとは生きがいが感じられなくて悩み、あるひとは生きるよろこびにあふれている。このちがいはどこから来るのであろうか」
(神谷美惠子『生きがいについて』みすず書房)
夢中になってその本を読みながら私は「この文章を書いた人は、一体どんな人なんだろう?」と著者プロフィールを見ると、そこには「精神科医」とありました。そのとき私の心の中に、小さいけれど明確な光が灯ったのです。
心のあり方が、人間の毎日をこれほどまでに支配する。それなら、私はもっと「こころ」を、そして「精神」を知りたい。その気持ちから医学部受験を志し、聖マリアンナ医科大学へ入学しました。
目の前の人の心に寄り添う医師でありたい
高校時代に味わった、毎日が灰色に見える感覚。あの頃を思い出すと今でも胸がぐっと重苦しくなり、未来が閉ざされた感覚が蘇ります。こころの在り方によって、目の前の世界は「希望に溢れた輝く日々」から「灰色の世界」にまで変わってしまうということを、私は身をもって知りました。
高校を卒業して医学部に進んだ私はその後、さらに心の深い闇を経験することになります。
これまでの人生でこころの圧倒的な影響力を経験してきたからこそ私は、目の前で苦しんでいる患者さんの「生きづらさ」を否定せず、その苦しみや痛みに寄り添いたいと思います。
同じ目線でその人の感じていることや、見えている世界を想像しながら、共に考えていきたいです。
「生きづらさ」や「心の暗闇」を感じている方に、少しでも寄り添う存在でいられるよう、これからも努力を重ねていきたいと思っています。
竹内 泉
参考図書
- 神谷美惠子『生きがいについて』(みすず書房)
