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精神科病院に入院した精神科医として、今伝えたいこと

精神科医も、普通の人間

皆さんは、精神科医といったらどんなイメージを思い浮かべますか?

いつも心が安定している。
人のメンタルをケアする仕事だから、自分のストレス対処方法に優れていて、冷静沈着。

そんなイメージを持っている方もいるかもしれませんが、私はそのイメージとは少し違う精神科医だと自分で思っています。

私自身は、心が安定しているどころかメンタル不調で何度も休職をしたことがあります。

医学生の頃から精神科の薬物療法を受けていた経験があり、精神科医になってから精神科病院への入院歴もあるのです。

「精神科医なのに?」と驚かれるかもしれませんし、頼りなく感じる方もいるかもしれません。
しかし、この経験こそが,私の医師としての原点であると思っています。

患者さんの椅子に座って ― 精神科病院に入院した精神科医 ―

私は幼少期から生きることや死ぬことについて悩むような子供で、高校時代に思春期の葛藤の中で出会った1冊の本をきっかけに精神科医を目指しました。医学生時代には、家庭環境や人間関係などさまざまなことが重なり、数年間、精神科に通院しながら過ごしています。

そんな私にとっての大きな転換点は、29歳の時に精神科病院に入院したことでした。
精神科医になって4年目。「精神保健指定医」という大切な資格取得に取り組んでいた時期でした。

都内大学病院での研修を経て、精神科病院勤務となった私は、独り立ちして主治医として診療にあたることになります。その環境変化とプライベートのことが重なり徐々に不安定になって立て直せず、就職して4ヶ月でうつ状態になり休職してしまいました。

地元の長野に戻って自宅療養していたのですがそこでも立て直せず更に悪化、また家族も私を支えきれなくなり、3ヶ月間入院する状態になってしまったのです。

実はこの時まで、学生時代にメンタル不調で精神科通院していた過去を周囲に隠していました。
「認められたい」「優秀であると思われたい」という強い承認欲求があった当時の私は、自分の過去をなかったことにしていたのです。

当時の私は心のどこかで、自分と患者さんとの間に境界線を引いていたのだと思います。

そんな私が入院したことはこれまでの世界観がひっくり返ることであり、以降は過去を隠すことはなくなりました。自分自身の過去を受け入れることが出来るようになったのだと、改めて思います。

少し前まで医師として診療していた自分が、数週間後には患者さんの椅子に座って診察を受け、入院生活を送っている。世界がでんぐり返る経験を通じて「患者さんと医師の間には、実は何も境界線はないんだ」ということを体感しました。

人の心を癒すのは人の心

患者さんの輪のなかで入院生活を送り始めた私は「本当の患者さんたちの姿」を知ることになっていきます。

主治医の先生や病棟看護師さんたち、また病棟助手の方々にはとてもお世話になり、温かく見守っていただきました。

そして何より、私にとって一番の救いとなり力となってくれたのは、一緒に入院していた患者さんたちとの心の触れ合いでした。

「あなたなら大丈夫、しっかりしているもの」という温かい言葉。
外泊に行く私に、そっとりんごを手渡してくれた温かい大きな手。
入浴の日に、黙って背中を流してもらったこと。
一緒に病院の敷地内のグラウンドを歩きながら、とりとめのない話をしたこと。
病棟のソファに並んで座って、大河ドラマを見たこと。
ラジオ体操を一緒にしたこと。

どれも他愛もないことです。
でもそのひとつひとつが、確かに私の心を支えてくれていました。

夜勤に入った看護師さんが、顔を見るだけで何となくホッとする人だった日のことも覚えています。挨拶をしただけで特にそれ以上の言葉を交わしてはいないけれど、「その人が近くにいてくれると思うだけで安心できる」という感覚がありました。

私が精神科医になりたての頃、人生の恩師からこんな言葉を教えてもらっていました。
「人の心を癒すのは人の心である」。
その時は理解したつもりでいましたが、入院生活での体験を経て初めて、頭ではなく身体全体でやっとその言葉が分かった気がしたのです。またこの入院生活を通じて、「自分が医師として今までやってきたことは、いったい何だったんだろう」と、足元が崩れていくような感覚もありました。

それまで「統合失調症」や「うつ病」といった「病名」で見てしまっていた患者さんたちが、病棟のなかでは「面倒見の良い○○さん」「明るい△△さん」という、かけがえのない「一人の人間」として存在していました。

病名って一体なんなんだろう?と心底不思議に思い、「患者さんを知っているし治していると思っていた、その思い込みや傲慢さが恥ずかしい」とも思いました。

また、こんなこともありました。
統合失調症の患者さんが、退院が決まった診察の後に、イタズラっぽい笑いを浮かべながら私にこう言いました。

「泉ちゃん、幻聴が聞こえなくなりましたって先生に言ったら退院が決まったよ。ずっと聞こえているけれどね。」

それを聞いた時は本当に衝撃でした。医者が見ていることや認識は患者さんのほんの一部であり、また事実とも限らないのだと知りました。

あの入院は私にとって、自分の傲慢さや驕りや世間体など、当時の生きづらさだった「鎧」を脱ぎ去るために必要な、価値観を根底から変える経験と言えたのかもしれません。

また、自分の見ているものや考えが全てではないという視点は、復帰後の診察に大きな影響を及ぼしています。

顔も名前も出さずに書いていたブログ

退院後の私は「ホ・オポノポノを愛する精神科医のブログ」というブログを書き始めました。「精神科医ぽにょ」というペンネームで、顔も名前も出さずに書いていました。

精神科病院で人の温かさに触れて社会復帰できた私が、その後も自分の内側を言葉にし続けたのは、同じ苦しさを抱える誰かに届いて欲しかったからですが、書くことで自分自身の内側を振り返って整理し、その作業を通じて癒されていたのだと思います。

実は、宮地院長とはこのブログを通じて知り合いました。
当時京都にいた院長が、ブログにコメントをくれたことがきっかけで交流が始まったのです。
お会いしてみると、院長と私はそれぞれの道のりで同じ師にたどり着いていたことが分かりました。そのご縁が、今こうして16年後に一緒のクリニックで働くことに繋がっていることを感慨深く思います。

当時を振り返ると、一つの気付きがあります。
過去の私は「他人の評価が優先だった」ということです。

褒められることでしか自分の価値を見出せず、頑張りすぎて何度も潰れてきました。当時ブログを書きながらそのことが自分ではっきり分かるようになり、そんな自分を徐々に受け入れていくことが出来ました。

今アマナで目指していること

当院では「メンタルや体の不調の大きな原因は、感情の抑圧にある」と考えています。

お薬については、必要以上には処方しないことを大切にしています。
私自身、学生時代から何度もお薬のお世話になってきました。だからこそ、「お薬だけでは解決しきれない苦しさがある」という感覚を、ずっと心のどこかで持っていました。

もちろん、お薬が症状を和らげる助けになることは間違いありません。ただ、抑圧された感情や問題の核心に向き合おうとしない限り、根本から変わることはなかったのです。
そうした自分自身の体験が、今の診療の根底にあります。

目の前の人に私のほうから心を開いて向き合うこと、時には「実は私も…」と自分の経験をお話しすることが、患者さんにとっての「話しやすさ」につながれば、これほど嬉しいことはありません。

私はいま「人の心を癒すのは人の心なんだ」と心から実感しながら、アマナで日々の診察にあたっています。

顔も名前も出せなかった私が、今こうして顔と名前を出してこのブログを書いている。

それだけで、あの頃よりずいぶん遠くまで来られたんだなと思います。

当時の私と同じような苦しさを抱えている誰かに、これが届けば嬉しいです。

竹内 泉

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